2000年10月9日小山昭雄&小山ゆう2000年日本縦断コンサートにて |
第3回目・・・こんな記事を見つけました(ホールの名前が決まるまでの経過) 第3回目の今回は、最近になって何気なくインターネット上で、あづみ野コンサートホールを検索していたところ、2000年のホールが完成するにいたり、ホール名をどうしようかと考えていたところ、SKFのメンバーでファゴット奏者の小山昭雄さん始めとするサイトウキネンメンバーの皆さんに相談したところ、皆さんたちが真剣に考えていただいて、いくつかの候補名の中から選んでいただき「あづみ野コンサートホール」となりました。その開館記念コンサートに、小山昭雄さん、小山ゆうこ(メゾ・ソプラノ)さん、小林万里子(ピアノ)さんのコンサートが実現いたしました。ご夫妻は、現在ドイツに在住で来年の五周年にご出演をいただくかもしれません。 |
*以下の記事はインターネット小山昭雄&小山ゆうこコンサート活動の記事の抜粋です。 |
小山昭雄&小山ゆうこのコンサート活動 2000年日本縦断コンサート 9/15ー10/14 10/8 移動 大阪から安曇野 2000年を記に明楽様(株式会社 長野トマト元代表取締役社長で阿部後援会長の御昵懇にされておられる方)の御提案で信州に私達の後援会を作って下さいました。安曇野の名士の方々が発起人になって下さり、2000年8月に発足会を行って下さいまして、150名程の方々が安曇野の泉郷プラザホテルに集まって下さいました。「その安曇野に150名収容のコンサートホールを個人で作られた方がおられます。サイトウキネンオーケストラの仲間で名前を選ばせて頂き”安曇野コンサートホール”となりました。」明日はそこでのコンサートです。 今日は池田町でのコンサート予定だったのですが、コンサート4週間前の突然のキャンセルがあり私たちを始め、関係者一同が驚きました。ポスター、チラシ、雑誌での広告をすべて行った後の出来事は取り替えしのつかない事態になってしまい、長期的に日程を組み、今日は最高の10月第1週の日曜日でテレビではゴールデンタイムの時間帯でしたので残念でした。この日は、新大阪から名古屋まで新幹線、中央西線で松本経由して、海抜1600メートルの北アルプスの森の中にある、広々とした泉郷プラザホテル安曇野に宿泊し疲れを取りました。 2000年日本縦断コンサート 9/15ー10/14 10/9 長野県安曇野ホール14:00ー 今日のコンサート会場は、安曇野の平野、田んぼの中にある文化の館です。関西にお住まいだった長谷川様が個人でコンサートホールを作ってしまったのです。満員になった会場では、皆さんの微笑ましい顔が舞台からでも良く拝見できます。お客様が良いと演奏に自信を持って積極的に演奏できるものです。10年ほど以前に、東京駅丸の内側ロビーでコンサートの企画がありました。アフター5の通勤客を対象に行ったコンサートでしたが、ほとんどの方が5ー6分聞いては去って、また次の方が聞いてという、選挙演説か、大道芸人のようなものでした。このような状況でコンサートはもう絶対に引き受けてはいけないと思いました。私達演奏家がどれほど気が散るかはきっと聴衆は解らないのだと思います。その仕事のあと、ある落語家の方と話を聞く機会があり、このことを話すと『お客さんが聞こうという心と耳を持った時に、私たちは心から言い話しができる』と話しておられました。日本の唱歌、歌曲は長野県の曲が多く、聞いて下さる方々の方が情景を把握し身近に感じ取っておられるのでしょうか。アンコールで『ふるさと』を会場の皆さんと歌った時はみなさん、涙をこらえ、即席の合唱団ができあがったと錯覚するほどの歌いっぷりを披露して下さいました。素晴らしい感性の方々が集まったものだと驚いた程です。 |
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