「素晴らしい出会い」といった表現どおり、温かい多くの皆様のご支援を受けて、2000年6月に産声をあげ、素人の私達のホール運営が始まりました。この間、幅広いコンサートを企画して参りましたが、縁がなかったというべきか、意欲が湧かなかったのか、不思議とタンゴのコンサートだけが開催できずにおりました。
しかし、これも不思議な縁から今回のタンゴコンサートが実現する運びとなり、胸がときめいて心待ちのしていましたが、ついにその念願が叶う日を迎えることになりました。コンサートに来ていただいた方には、ピアニストの西川幾子さんが説明をしていただいたので、細かい面は割愛をし、お時間がとれずに残念ながら来れなかった方のために、少し具体的に書いて見たいと思います。
もう、何年前になりますか、そう、2003年の5月5日と6日に、「音楽之友社」が津金佳世子さんの作品集のCD録音に来られた時に遡ります。その時に来られた出版部デジタルプロジェクト部の方は、今はもう退職されたと聞いていますが、その方が「若手で安曇野に気軽に演奏に来ていただける方を紹介していただけませんか」とお頼みして、紹介されたのが西川幾子さんでした。しかし、ニューイヤーコンサートを行いたいということで、いろいろと提案を頂いたのですが実現しないまま2年余りが経ってしまいました。お互いに上手く都合がつかずというか、こちらの決心がつかずに横着していたのが原因ですが、これで諦めていたらそれっきりでしたが、私がしつこくお電話をし、やりとりを交わしながら、昨年、東京に出た際、西川さんに初めて会うことになり、今まで開催したことのない、タンゴのコンサートをお願いすることになったのです。これも、なかなか日程が整わずにお互いに苦労しましたが、今回やっと調整がついて実現いたしました。
随分、前置きがすっかり長くなりましたが、今回のメンバーはお互いが初顔合わせということで、皆さん大変ご苦労もあったと思います。おまけに7月20日には、NHK長野放送局でのお昼の番組「みんなのスタジオプラザN」にまで、わざわざ東京から駆けつけていただいて、本当にご足労をかけたりもしました。しかし、番組での演奏が放送されるや反響はすさまじく電話が殺到し、視聴者の方の関心の高さが伺えました。そのおかげでしょうか、ホールは100名の方で満員になったことは、本当に初タンゴのコンサートのコンサートの主催者として喜ばしい限りでした。
さて、今回のタンゴコンサートは出来るだけチケット料金も少し低めに設定し、特に会員さんにはお安い金額にいたしました。チケットが安けりゃ売れるものでないことは承知の上です。そんなこともあり、トリオのメンバーも比較的年齢も若く、演奏のほうも心から期待していなかったらしいことは少しは聞いていました。しかし、どうでしょう、まずヴァイオリンの相川麻里子さんのホールのに響くその音色に圧倒されました。それも当然ですよね。彼女の使用しているヴァイオリンは、1851年のイタリア製の名器とか、そして、彼女の実力もたいしたもので、会員さんの中には早速インターネットで相川さんを検索をされて、コンサートの翌日も興奮も覚めやまないメンバーが何人か来てくれました。また、今年の11月13日には東京の津田ホールで、ピアニストとして一流の江口 玲(えぐち あきら)さんを伴奏者として行われことをお聞きしました。ピアノの江口さんは相川さんと同じく東京芸術大学出身で、国内外の各種コンクールにも入賞するなど、演奏家でも多忙を極めている方です。また、伴奏者としても1986年ポーランドで行われた、ヴィニアフスキ国際コンクールの最優秀伴奏者に与えられる、シュヴァイツァー章を受賞されている演奏家でもあります。そのコンサートを秋に控え、わざわざ安曇野までお越しいただいて、クラシック演奏者でありながら、タンゴの曲を素晴らしい音色と、リズムを奏でていただいたことは、演奏終了後、音楽通の方たちの絶賛されるとともに、注目の的となったことを述べておきたいと思います。
次に、バンドネオンの啼 鵬さんは幼いときからタンゴに関心をいだき、タンゴ演奏の道をひたすら歩み、作曲等も行うなど、コンサート活動を中心として多忙を極められています。また、長野市においても後進の指導にあたるなど活躍されています。今回のコンサートにおいても、お客間に巧みなトークで、アルゼンチンタンゴと、コンチネンタルタンゴ、そしてピアソラの違いとかを分かりやすく説明され、会場の雰囲気を和らげるなど、コンサートでお客様をいかにして楽しんでいただけるか、そのつぼを心得ておられるなあと、感心をいたしました。
ピアノの西川幾子さんは、生まれ持った性格の明るさ、ハキハキとした口調で、今回もお二人と初顔合わせということで、ホール入りも前日から練習に励まれるなど、その努力の甲斐もあって、ピアノの伴奏法はもちろん、口うるさい音楽通の方にも二人の演奏にでしゃばることもなく、素晴らしい演奏をされていたとお褒めの言葉を頂戴いたしました。西川さんが気にしていた心配は何もありません。来年も三人でお越し下さいね。
ところで、コンサートのプログラムは、第一部に年配の方達にお馴染みの「蒼空」「ジェラシー」「ラ・クンパルシータ等の曲を主として、軽快なリズムを楽しんでいただきました。後半には年配の方たちには少し理解出来ないと言われるピアソラの曲をプログラムとして「オブリオン」「カリエンテ」リベルタンゴ」等の曲を演奏していただきました。年配者にはコンチネンタルタンゴとか、アルゼンチンタンゴについてがタンゴの全てのように理解されていることはいたしかたのないことかと思います。
さて、ピアソラについても少し触れてみたいと思います。アストル・ピアソラ(1921〜1992)はモダンタンゴの奇才であるが死後、日本でもCDが数多く発売されたり、またTVのCMやBGMとしても広く使われるようになってきたことは、一部の皆様にもお分かりのことと思います。それがきっかけとして、俄かに注目を浴びるようになりました。従来のタンゴの概念を飛超えたところで、ピアソラ独自の持つ現代的な感覚のやオリジナルティーをふんだんに交えて「ニュー・タンゴ」といってもい彼独自の音楽の世界を作り上げたものです。
ある意味では彼の音楽はタンゴですらない。彼は、アルゼンチンタンゴのスタイルをとりながら、クラシックやジャズといった新たな要素を多分に取り入れ、従来のタンゴとはまったく違う音楽のスタイルを作るあげた。クラシックの好きな皆様にはある程度の理解は出来るかもしれませんね。アルゼンチンタンゴの基本リズムパターンは、あくまで二拍子のくりなす強烈なビートである。このリズムはピアソラの音楽の中でも踏襲されているばかりでなく、極めて鮮烈に浮かび出されている。二拍子の表拍とそのバックに裏拍との4つの音が織りなす「ズン・チャ・ズン・チャ」というタンゴ特有の4ビートは、ピアソラの中でも極めて重要なファクターになっています。
しかし、リズムはタンゴのそれを踏襲しながら、ピアソラの音楽のメロディーは、いわゆる古典のアルゼンチンタンゴとはまったく趣を異にしていると言ってもいいかもしれません。19世紀末に、アルゼンチンに移住してヨーロッパ(主にスペイン人とイタリア人)によって作られきたアルゼンチンタンゴは、そのころヨーロッパで流行していた軽音楽をモチーフにしている。つまり、ボルカとかワルツとかそういった類のダンスミュージックが、タンゴの原点にある。そもそも、そのころのタンゴは「l聴くもの」でなく「踊るもの」であったということといえます。
いわゆる古典タンゴが、こうした「踊るための音楽」であったのに対し、ピアソラの音楽は「聴くための音楽」であるとい言っていいでしょう。彼はダンスミュージックであったタンゴに、ヨーロッパのクラシックであるフーガやバロック様式を取り入れ、さらにアメリカでポピュラーになっていたジャズフィデルなどの音楽のエッセンスを取り込んだ。その結果、タンゴの強烈な2ビートの上に、ジャズのクールさとバロックの重厚さが加わった彼独自の世界が出来上がったのである。この彼の独自のタンゴの世界を理解した上で、近代的なタンゴと言うものを聴くことにより、さらにタンゴの広い世界に一歩踏み込めることが出来るであろう。
最後に、バンドネオンと言う楽器がタンゴの世界に欠かせないことを述べておきましょう。表現力豊かな楽器として、左右10本の指をフルに使えば最高10までの和音を出せ、しかも音域が実に幅広い。オルガンのように足までは使えないが、蛇腹の使い方で音の強弱やアクセントの付け方も自由に行える。これはもう本当に携帯版のオルガンを超えた凄い楽器である。バンドネオンを演奏できる人はアコーデオンを演奏できる方に対して、かなり少ないことを書き加えておきます。
このように、タンゴの世界を理解しつつ「踊るタンゴ」とピアソラの「聴くタンゴ」というものを理解した上で、来年こそはさらにレベルの高いコンサートを実現したいと考えている私です。コンサートの当日の画像を添付しながら、コンサートに来られた方は余韻に浸っていただき、また、残念ながら来れなかった皆様、来年こそ素晴らしいタンゴトリオの演奏を聴いていただけたら幸いです。
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